Discipline and indiscipline

主に札幌ではたらく株式会社恵和ビジネス代表取締役社長のblogです。

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のまネコ問題について書くとちょっとこわそうなので避けていましたけれども、ふと思うことがあったのでちょっとだけ書いてみます。
当社の某取締役も思わず衝動的に購入*1してしまった、

DISCO-ZONE ~恋のマイアヒ~(DVD付)

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ですが、ご存知のとおりの騒動が巻き起こり、なんと北海道新聞にまで掲載される始末。企業と“ねらー”の喧嘩が地方紙の紙面を賑わすなんて…。
マーケティング的視点からいつもスルドいエントリをつづっていらっしゃる大西さんのblogにこんな記述がありました。

第三者から見ると、タカラ、今回のエイベックスでネットの共有資産に手をつける代償は大きいということがはっきりしたように感じています。

これを読んで思い出したのが、一月ほど前に参加したイベントで伊藤穣一氏が話していた、

●「コモンズ」:日本語にしにくい言葉だが、大企業にも国にも属さない「パブリックな財産」の考え方で、少しずつ広がっている。

の話。伊藤穣一氏も説明しにくいと言っていて、どう書いたものか私も困ったのですが、ちょっと検索してみたらこんなページを見つけました。

コモンズ論的な考え方は,従来の「公」( public :政府・行政など)か「私」( prvate :企業や個人)か,といった公私二元論としてではない,「共」としての,つまり地域住民レベルでの資源保全の有効な手法として,また地域共同体(コミュニティ)のあり方そのものとして,近年再び注目されつつあります.

「お上」のものでもなく「(自分を含む)誰か」のものでもなく、緩やかに共有されているもの、といったイメージでしょうか。上で引用したペイジでも説明されているとおり、もともとイギリスにおける牧草の自治管理で使われてきた考え方のようです。
放牧地の牧草は、誰のものでもなくその地で放牧する者すべてに共有されていて、それぞれ自由に自分の家畜に食べさせることができる。しかし、牧草が枯渇しないためにはきちんと節度を持って食べさせる必要があるわけで、「いくらでも好きなだけ」というわけにはいかない。
せっかくのまネコ(というよりも元々のモナーやおにぎりわっしょい達(って呼び方でイイのかな?)がかわいらしく動いていた空耳Flash)を面白がっていた“ねらー”達がたくさんいたわけで、それがCDに収録されて爆発的に売れたところまではみんな喜んでいたわけです。そこでさらに「のまネコ」という名前を与えられてメジャーになったわけですから、“ねらー”達は「のまネコ」をコモンズとして共有したうえでもっといじり倒したかったのではないでしょうか。
そのへんの機微をちゃんと理解していかないと、ちょっと前のタカラさんや今回のAvexさんの様に地方紙の紙面まで賑わす騒ぎになりかねない、といったところでしょうか。逆にもっとうまくすればもっと市場が広がったはずで、実はAvexさんはすごーくもったいないことをしてしまったのではないか、と思っているのは私だけでしょうか…。
しかし、Amazonで検索したら

ピアノピース Dragostea Din Tei ~恋のマイアヒ~ O-ZONE (ピアノ・ピース)

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なんてものをハケーンしました。ピアノでこの曲を弾こうって人がどれだけいることやら…。

[追記]

いわゆる「のまネコ」問題についての当グループの考え方

にもリンクしておこうと思います。
しかし、最後の、

この事件に接して、正直言って、冒頭からの発表文を出すことにややためらいを感じましたが皆様を信じて当初の予定通り発表させていただきます。

ってのは蛇足じゃないですか?

[さらに追記]
げらげらげら。たまたま見つけて大笑いしました。
Original Numa Numa Dance
スターウォーズのまねして話題になったギラン君をちょっとおもいだしました。

*1:この衝撃の事実は本日明らかになりました!!

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