Discipline and indiscipline

主に札幌ではたらく株式会社恵和ビジネス代表取締役社長のblogです。

おみくじ

新年のご挨拶周りは4〜6日の間に終わったものの、新年交礼会とか賀詞交歓会とかは今週いっぱいくらいあちこちであったりします。で、昨日はお客様の新年交礼会に某取締役と参加。当社のお客様もちらほらいらしたりして、ご挨拶したりいろいろお話したり。あまり人の名前と顔を一致させるのが得意ではないので、こういう時に「お会いしたことはあるけどどなただっけ…」ということがしばしば。どうにかしたいなあ…。
当社では、年始にあたって役員(と、数名)で本社のある札幌市白石区の白石神社と北海道神宮に初詣をするのが恒例になっています。いつもは仕事始めの前日に行くのですが、今年は正月休みも短いとあって、5日に日程をずらしました。
ちなみに白石神社は明治5年にそれまで札幌神社として使われていた社殿を譲り受けて建てられたのが始まりとのこと。もちっと詳しくは、

明治5年3月白石村100番地を社地と定め、札幌神社が円山に移転したあとその旧社殿をこの所に移築して社殿となし、開拓使岩村通俊が橿原神宮より御分霊を奉戴して白石村守護産土神とし属官高橋渉を別当とし奉祀したことに始まる。

だそうです。
ちなみに白石の地名は、

1871年 戊辰戦争後、仙台藩白石領から藩士の一部が現在の中央(ちゅうおう)、本通(ほんどおり)付近に入植。白石村(しろいしむら)が誕生した。白石村にはこの後も各地からの入植が相次いだ。白石村の区域は現在の白石区のうち菊水を除いた部分である(厚別区との境界付近は不明)。ちなみに現在の白石区中央は元は白石町中央西である。中央東は後に本通という地名になった。白石中央、中央西などの地名は現在でもバス停の名に残っている。

というところからきているそうです。
さてさて、札幌神社が移転した跡にできたのが白石神社なわけですが、移転したほうの札幌神社というのが今の北海道神宮になるわけです。

明治2年(1869年)に明治天皇の詔(みことのり)により、北海道開拓の守護神として、大国魂神・大那牟遅神・少彦名神の開拓三神(かいたくさんじん)を祀る北海道鎮座祭が東京で行われ、その後、当時の開拓使長官の東久世通禧や開拓判官島義勇らにより開拓三神が札幌の地に移された。 明治3年(1870年)には仮社殿が建てられた。明治4年(1871年)には現在地に社殿を建て、社名を札幌神社と定めた。明治32年(1899年)には、官幣大社となる。その後、昭和39年(1964年)には、明治天皇を合祀し、社名も現在の北海道神宮へと改めた。

どうもいろいろ見てみると、北海道神宮が国の(というか最初は明治天皇の詔だから勅令ってことになるんでしょうか)事業として建立されたものなのに対して、白石神宮は入植者の拠り所として建立されたような感じがして、非常に対照的な印象を受けます。Webでちょとだけ検索しただけでこんなこと言うのも罰当たりな気がしないでもありませんが ;-)
さてさて、北海道神宮で毎年恒例の行事がもう一つ。200円の福みくじを引くこと。
昨年は何を引いたか全く覚えていませんが、今年は、

パッと明るく目前が開けて、これから先の見通しが立つ時です。思い残しがないように存分に活躍しましょう。

とのこと。なんだか楽しみな一年になりそうなことが書いてありあした。もちろんことあとにはちゃんと戒めの言葉も書いてありますが、おおむね前向きな言葉をいただきました。
今年は「丙戌(ひのえいぬ)」の年。伊藤博文内閣による明治政府が成立した1886年、戦争が終わって第一次吉田内閣が発足した1946年と、それまでの混沌とした世界から新しい秩序や新しい制度が生まれる年が続きます。今年もそんな年になるのであれば、当社もなにかしら新しい流れの中で異彩を放つ存在でありたいと、白石神社に祀られた産土神にも、北海道神宮に祀られた開拓三神にも強く祈念しました。

広告を非表示にする